ロシア その2 シベリア鉄道と無料FIFA号で大陸を横断 その1

ロシアを鉄道で移動することにしたのは、シベリア鉄道、そして広大な大陸の陸続きでの移動への憧れが原点だった。そのイメージをさらに豊かにしてくれたのが、織田博子さんによる漫画「女一匹シベリア鉄道の旅」だ。主人公の作者がシベリア鉄道に乗ってロシアを西から東へ旅するコミックエッセイで、車内でのできごとをはじめ現地で知り合った人との情緒的な交流を中心に描かれている。僕たちチームシマは逆方向を行きつつ、途中でルートを逸れてロシア南西部のボルゴグラードへ向かうことにしていた。

なぜボルゴグラードか。今回、ロシアを旅した最大の目的は、これまで出発前に触れた(「出発前夜」)だけだったが、当地で開催中のサッカーW杯の日本対ポーランド戦を見ることにあった。その試合会場がボルゴグラードだった。

イルクーツクから鉄道で移動するなら少なく見積もっても3泊4日はかかる、乗り継ぎが必要で、しかもW杯開催中で直前に鉄道の切符が取れるかどうかわからない、ということで、日本出発前からあらかじめ準備していた。そして、ロシア鉄道が太っ腹にも、試合のチケットを持っている人を対象に、無料の列車「FIFA号」を運行してくれるという。

FIFA号のEチケット(一部、画像ソフトにより消している部分がある)。列車の名前に「FIFA」の表記があり、運賃がゼロということ以外は他のロシア鉄道のEチケットと変わらない。

3月に試合のチケットを入手したチームシマは早速、FIFA号の予約サイトに向かったが、試合当日の朝に着く、あるいは当日の夜や翌日に出発する条件のよい列車はすでに満席状態……ここから、僕が6月の出発直前まで数か月かけてキャンセル待ちの驚異の粘りを発揮し、行きはカザン発ボルゴグラードの試合当日着、帰りは試合の翌々日朝の列車で24時間かけてモスクワへ向かう列車を確保できた。このままでは線で結ばれないイルクーツクとカザンの間は、途中、エカテリンブルグを挟んで列車を2つに分けていくことにした。モスクワまでの行程は次の通りになった。

6/23 イルクーツク→エカテリンブルグ シベリア鉄道ロシア号 車内2泊

6/25 エカテリンブルグ→カザン 車内1泊、その後はカザン1泊

6/27 カザン→ボルゴグラード(FIFA号) 車内1泊、その後はボルゴグラード2泊

6/30 ボルゴグラード→モスクワ(FIFA号) 車内1泊

1週間の間に車内泊を5泊もしている。これがバス旅行なら体力を削り取られてくたくたになっていたかもしれないが、鉄道は快適だった。

ボルゴグラードを経由しての鉄道での長距離移動は、飛行機移動にはない大地に包まれた感じがあって、のんびりしていて、不自由な中にも自由さもあって、何物にも代えがたい、記憶に残る楽しい旅だった。個人的にはかなりおすすめ。旅行期間として、最低でも1週間はぜひ確保してほしい。じっとしているのが苦手、何かをしていないと気が済まない、という人にとっては逆に苦痛だと思うので、おすすめしない。

イルクーツクの駅で列車を待つ。すると、ロシア語系の言葉を話す女性の集団が。思わず、トラムのでっぷりとしたお母ちゃんを思いだす。ここにいる若いスリムな子も、年齢とともに貫禄太りするのだろうか。

ロシア号に乗り込んだ。その名が示すように、シベリア鉄道の中でも主力中の主力、新幹線でいえば「のぞみ号」のようなものなのだろうが、今回乗った2等車の4人1室コンパートメントでは、車内にロシア号ならではの特別感はない。

同室だったロシア人の父子。中国との国境に近い都市からモスクワまで友人を訪ねにいくということで、2泊で丸2日ほどのチームシマの2倍以上、5泊の行程だった。残念ながら英語は全く通じず、それでも折に触れていろいろ話してくれて、スマートフォンにダウンロードしていたGoogle翻訳が威力を発揮してくれた。

最初に「ZIMA」という駅に停車。残念ながら、シマ駅ではなかった。妻のゆっきーもこういうのは結構好きで、「シマ、じゃなくてジマ駅」と楽しんでいた。写真は駅の外に出たところで、ロシア文字はボクザル(駅)と書いてある。ロシアでは、駅の建物の外に向かっては「ボクザル」としか書かれていない駅が結構多かった。他の駅が近くにないからこそできる芸当で、ロシアの大らかさを感じる。東京だとまずありえない話で、「駅」としか書かれていなければ混乱すること間違いなし。壁の電光掲示は15時9分を指しているが、現地時刻は21時9分。電光掲示はモスクワ時間で、東西に長いロシアでシベリア鉄道では、混乱を避けるためすべてモスクワ時間で管理されている。

遅めの夕食。シベリア鉄道で最も知恵を絞るのは、食事をどうするかということ。というよりも、他に差し迫って考えることがない。持ち込んだ食材か、駅に止まった時に何かを買うか(かといって駅弁のような弁当は売っていない)、食堂車を使うか。写真の左はロシア滞在中、何度もお世話になった、熱湯を注ぐだけで作れるポトフ。この会社のチキン味が最もおすすめ。右は、日本から持ってきていた、リフィル(詰め替え)タイプのカップヌードル。かさばらなくて便利だった。

これは翌朝、停車時間が長かった駅の構内の売店で朝食を買っているときの様子。

初日の夜は、遅めの夕食の後、当然のように遅い夕暮れを眺めてから眠りについた。

翌日、部屋でくつろいでいると幼い闖入者が。

しばらく遊んでいるうちに、チームシマのコンパートメントがこの車両の子どもたちの遊び場になってしまった。その後、のんびりと本を読んでいるうちに夜になった。

この日は、サッカーW杯の日本代表の2戦目、セネガル戦。先行されながら追いつく展開で2対2の引き分け。1戦目と違い、イルクーツクでSIMカードを買ってスマホに刺してネット環境を確保していたので、状況がチェックできた。といっても、ロシア鉄道沿線は通信網の整備が進んでおらず、モスクワやサンクトペテルブルグなどの大都市を除いて駅周辺しかネットが満足につながらない。

3日目の朝は、楽しみにしていた食堂車にいくことに。ボルシチ、サリャンカのスープ類にパン2人分を注文。

運ばれてきた料理を前に神妙な顔つきのゆっきー。味はそれなりにおいしかったが、値段は高かった。パンは有料なのに、2切れしか出てこなかったのはいかにもロシアのサービスのイメージそのものというか、何というか。日本でこんなクオリティだと商売が成り立たないだろう。

ともあれ、これで心おきなくロシア号を去ることができる。朝一ということもあってか、食堂車はすいていた。