ラトビアの首都リガは、世界旅行に出る前からなじみのある街だった。僕がかつて住んでいた神戸市はリガと姉妹都市提携を結んでいて、市の庁舎で展示されている写真を目にする機会が何度もあった。そこでは他にも姉妹・友好・親善協力都市としてアメリカ・シアトルや中国・天津、ブラジル・リオデジャネイロ、フランス・マルセイユなどが紹介されていて、それらの中でもリガは最も自分に縁がなさそうだな、と思っていたのに、真っ先に訪れることになったのには人生の不思議さを感じる。
リガは、バルト三国の中では最も泥臭さを感じた首都で、中層の古めの建物が多く残っていて暗さを感じることが多かった。中世の街並みはタリンと同じくらい見どころが多いはずだが、タリンほどまとまっていなくて中途半端に映り、ロシアの地方都市のもっさりした雰囲気に少し似ているようにも感じた。
むしろ、電車とバスで僕1人、郊外に出かけた時の自然あふれる雰囲気に感心して、リガとは違った楽しみ方ができたように思う。そして、チームシマはリガで解散の危機を迎えることになった。
エストニアのタリンからリガまではバスで移動。この先、数えきれないほどお世話になる長距離バスも、1か月以上が経った世界旅行で使うのは初めてで、新鮮だった。朝早めの出発で、昼過ぎには到着。ブッキングドットコムで予約した宿は、ロシア・ボルゴグラード以来となる民泊の部屋で、バスターミナルから歩いて向かった。建物に着いたところでトラブルが発生。
宿が開いておらず、管理人もいなかった。同じ宿に泊まる予定だったグループの人たちも到着していて、その人たちが管理人に連絡、しばらくして鍵を開けにきてくれた。
建物は古く、中は清潔だったものの、建物に面した道路を走るトロリーバスの架線を支えるための線が結び付けられていて、バスが来るたびに摩擦音がして建物が揺れ、いい環境とはとてもいえなかった。ここで3泊4日を過ごすことになり、チームシマのテンションが大きく下がってしまったことは否めない。
リガの街中で見かけたトロリーバス。連接バスも走っていて、かなり大きく、バスの利用者もそこそこいる様子。バスのモニターや自動音声案内など、日本と同じレベルでお金をかけている感があり、バルト三国の中ではバス運賃などをまじめに支払っている人が最も多い印象だった。システムがそうさせているのか、それとも国民性なのだろうか。
ラトビア版のスタローバヤといえる「Lido」で昼ご飯を食べて、少しは観光らしいことも、と街を見て回った。
しゃれている感もあるけど喫煙対策としてはイマイチという体の喫煙スペース。写真では分かりにくいが、柱の後ろに椅子がある。奥にも同じような柱が並んでいたが、こちらは赤い丸で禁煙マークを囲んでいた。
これから西欧に向かうにつれて、飲食店などはほぼ室内禁煙になっていったものの、路上喫煙に関しては各国とも日本よりルールが緩く、歩道などでタバコを吸っている人をよく見かけるようになる。副流煙を吸わされるのに反対の声は上がっていないのか、気になるところ。
これは通称「三人兄弟」と呼ばれている建物群。右が長兄で、15世紀に建てられたリガ最古の石造りの住宅。次兄は真ん中でオランダのマニエリスム様式、末弟は左で、この2棟はそれぞれ17世紀の住宅という。
長兄、次兄、末弟といえば、僕の年代ではつい「北斗の拳」の三兄弟、ラオウ、トキ、ケンシロウを思い出してしまう。本来は三男としてジャギがいるので四兄弟が正しいのだが、建物でいえば名建築3棟に「迷」建築が1棟、交じってしまうようなものなので、四兄弟としてはほとんど取り上げられていない。
広場にいくと、立ってバンザイしているクマの彫刻の大群が。これは「ユナイテッド・バディー・ベア」と呼ばれ、ドイツ・ベルリンの発祥。今では国連が絡んでいて、140体が1国1体、その国の芸術家によりデザインされており、世界中で展示会が開かれているらしい。今回、ラトビアにやってきたのは、国の独立100周年を記念してとのこと。
日本の人形を発見。日本らしく素材を活かした、といえば聞こえはいいものの、両隣と比べて華がなく、残念だった。
ゆっきーが楽しみにしていた毛糸屋にも寄った。この毛糸屋めぐりが後日の危機の伏線になった。
翌日は、たまっていた洗濯をしにコインランドリーに行くだけで、半日以上が潰れることに。宿に洗濯サービスがなく、街にも中心市街地には見当たらず、移動に時間がかかった。
なじみの薄い外国でのコインランドリーのあれやこれやで、やや疲れ気味。カフェなどが入居している建物内にコインランドリーが入っていて、お茶をしながら洗濯、乾燥の上がりを待てたのが救いだった。
宿に戻ってからは、1人で散歩ついでにKGB博物館へ。
無料だったが、ごく小規模な展示にとどまっていたのが惜しかった。
リガでは「シマ」関係のものは見つけられなかった。その代わりに、僕の下の名前の「KAZU」のお店を発見。
ブライダルショップのようで、ウェディングドレスが飾ってあった。宿に戻り、今度はチームシマの2人で出かけることに。
少し歩いたところに、写真映えしそうないい雰囲気の公園があった。リガではこういった公園をほとんど見かけなかったので、貴重に思えた。
そしてこの後、前日に続いて毛糸屋めぐりをしていたとき、妻のゆっきーが見つけたストールをとても気に入ったけれど、かなり高価だったのと、ずっと愛用していたストールがすでにあったのとで、諦めてもらった。そのことでしばらくの間、言い合いをして、別れ話にまで発展して、翌日は2人で別れて行動することになってしまった。
正確には、ゆっきーは宿でのんびりして、僕1人だけリガ郊外のスィグルダ、トゥライダに行くことに。宿に戻ってくるまでにこの旅を続けるのか、止めるのか決めてこい、という話を背中で聞いて出発したのだった。
リガの鉄道駅ビル。多用されているミラーガラスがモダンな雰囲気。
スィグルタの駅前。すでにのんびりしていて、明るい印象。
バスに乗ってトゥライダ城へ。塔の上からの眺めから分かる通り、森が広がっていた。ここをスタート地点にして、駅でもらった地図を手にハイキングを楽しみながら、駅まで戻っていった。
重いバックパックを背負ってこの地域まで来ている旅行者も多いようで、道端に無造作に置いていることも。
地域を流れる川に架かる橋にはラトビア国旗が何枚も翻っていて、青空と木々が合わさって絵になっていた。
歩き倒して体も心もすっきりして宿に戻ってくると、あっさりとチームシマの2人でこのまま旅を続けることに。ラトビア最後の夜は、再びLidoで食事をとった。
ほっとした表情の僕。他のレストランにも行ったものの、結局、Lidoのほうがおいしかった。
翌朝、バスターミナルまで歩いていった。この国でも、最後の締めはこれ。
シナモンロール。背後に見えるのは中央市場の建物で、世界遺産「リガ歴史地区」の登録範囲の1つ。リトアニアのシャウレイ行きのバスに乗り込んだ。