ベルギーとルクセンブルクは山あり谷あり

ベネルクスといえば、初めて言葉を聞いた中学生時代を思いだす。ベルギー、ネーデルランド(オランダ)、ルクセンブルクの頭を取ってベネルクス。歴史的にも3国のかかわりは深いらしい。チームシマの2人も期せずしてこの3か国に連続して入ることになった。オランダでの2泊3日を終えて、ベルギーとルクセンブルクに3泊4日、うち1泊2日をルクセンブルクにあてることにしていた。そして、この地でチームシマはまたもや解散の危機を迎えてしまう。

ベルギーの首都ブリュッセルまでは、度々登場している「フリックスバス」(FlixBus)で移動。バスターミナルに着いてから、この日の宿まで向かうために公共交通のカードを買って移動した。複数人の移動を1枚のカードで行えるという特徴があるらしいのだが、使い方が最初はよく分からず、トラムの乗換駅で3回タッチして3人分の運賃を取られてしまった。

そんなことはありながらも、宿泊先には迷わず到着。今回はユースホステルで、最寄駅から歩いた雰囲気では、ムスリム系の移民が多そうな地区だった。チームシマは2段ベッドの部屋をあてがわれ、病院のような臭いが気になった。

窓からの景色。古い建物の1階壁面部分が放ったらかしにされているように見えた。何かの建設作業中だったのだろうか。

中心市街地まで歩いていくと、濁った川に砂利運搬船。アムステルダムの情緒とは正反対で、泥臭ささを感じた。

レインボーカラーの横断歩道。しかし、汚れが目立っていて一部は消えかけ。

夕食はグーグルマップで調べて評判の良かったベルギー料理店へ。この店は当たりで、料理は野菜たっぷり、肉もおいしく食べられて、ポテトもソースも言うことなし。黒ビールも料理に合っていた。

店からすぐのところには、ベルギーワッフルの店。有名なブリュッセルの小便小僧をモチーフにしたチョコレート色の像がユニークだった。ワッフルは後日、有名店で買って食べてみると、トッピングの種類が多くて楽しかったのに対し、味の方は生地が硬くてイマイチだった。

こちらが本家本元の小便小僧。小さかった。がっかり名所というのもうなづけた。

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その近くの道路では、ビルの壁面を使った小便小僧のアートが。

旧市街にある小便少女も見にいった。なんとも小便臭い街だった。

その帰り、「認定 本格日本料理店」という謎のステッカーを張ってある店を見かけた。ネットで調べても実態がよく分からなかった。ともかく、ブリュッセルでは日本料理店をよく見かけたように思う。

帰り道、市街地の広場を通った。漠然とした広さだった。ブリュッセルはきれいなエリアと汚いエリアが分かれていて、観光客は旧市街の一部に固まっており、それ以外の場所は人通りが少なく閑散とした印象だった。アムステルダムを訪れた後だったからか、ブリュッセルには街の魅力のようなものをあまり感じ取れなかった。

翌日はルクセンブルクまで長距離バスで移動。1泊2日で戻ってくるので宿に大荷物を置いていった。バス会社はドイツ・ハンブルクからオランダ・アムステルダムに行く際に大回りをさせられた、いわく付きの「ユーロラインズ」(Eurolines)。ルクセンブルク国内に入る直前にドライブインに寄って昼食を取った。

トイレは子どものみ無料ということで、子どもの型を取ったボードがあった。これより背の高い子どもは有料ということなのだろうか。子どもについていく大人は有料?がめつい。バスは片道4時間の予定だったものの、ランチ休憩45分を挟んだため、その分だけ遅れた。それでも、ユーロラインズにしては上出来と思ってしまった。

ルクセンブルクに着き、路線バスを使って宿に到着。宿はセルフチェックイン仕様になっていた。食事スペースは見ての通りきれいだったものの、部屋は人の油のような臭いがして、シーツも汚れが見えて不潔な感じ。何より印象を悪くしたのが、4枚あったバスタオルがすべて濡れていたことだった。ゆっきーは「この部屋には泊まりたくない」とごねだした。

僕自身は過去に海外1人旅をしていたとき、比較にならないほどひどい部屋にも泊まってきた経験があり、南京虫などの類が徘徊しているならともかく、あの程度なら1泊くらい何とでもなる、宿に当たり外れはつきものと思っていた。そして、物価の高いルクセンブルクで当日、それなりの価格で泊まれる宿泊先を探すのはかなり骨が折れそうで、その労力だけで滞在時間の大半を使ってしまいそうだった。要は、何に価値を置き、何を優先するかということだ。

そんなこんなでけんかをしながらルクセンブルクの街中へ。旧市街が断崖絶壁の内側に造られたことがよく分かる場所にも訪れた。

崖の横を走る道路があり、国際的な金融センターとして経済的に成功しているルクセンブルクらしく、高級車が時々行き交いしていた。

そこから郊外のモールに行き、スーパーでベッドに敷くためのシーツ、といってもシャワーシーツを買い、夕食にタイ料理を食べた。その店で散々別れ話をして、チームシマ解散に向けた布石が着々と打たれようとしているかのようだった。写真は、スーパーで売っているのを見かけた、ドラゴンボールやワンピースがデザインされたマグカップ。亀仙人のカメハウスにでも泊まれるのなら、今すぐにでも筋斗雲に乗せてもらって行きたいくらいだったが、それは叶わない。

街に出てうろうろしていたものの、寒くなってきて宿に戻り、食堂で話の続きをしていると、他の客と宿主が来て、クレームを言うとシーツを変えてくれた。それでも多少は臭いが気になったが、何とか1泊して、ゆっきーが一刻も早く宿を出たがっていたので早めに出発。玄関を出ると飛行機が上空を飛んでいた。

旧市街に移動し、しばらくルクセンブルクの街並みを散策。これは大公宮殿。

要塞のような街に張り巡らされた急坂。

前日も訪れた城壁。朝は観光客の姿をよく見かけた。

反対側から。

井戸がある小道も。

目抜き通りのような場所。街並みはきれいだった。ただ、東京などの大都市にもありそうな雰囲気で、面白みに欠けていたように感じた。

バス乗り場らしきところに向かう途中、ぬいぐるみ屋を見つけて目を凝らしてみたら、ビーバーを発見!

ここに塊になっていた。あまりにも暇だからか、スマホの画面に見入って操作しているおばさんには声をかけづらく、オーストリア・ウイーン以来の「ビーバー案件」はそのままスルーしてしまうことに。

また長距離バスに乗ってブリュッセルへ。宿まで移動してチェックインすると、今度は2段ベッドではなく、最上階の屋根裏のようなツインの部屋をあてがわれた。「明後日には日本に帰る」と言っていたゆっきーから謝りが入り、チームシマ解散の危機も脱して街に出かけると、待っていましたとばかりに現れたのはこのお方。

小便犬。にらみを利かせる犬を受け流すチームシマのチームメイト、ロバ太郎。

今回の目当てはベルギー名物のムール貝。店に入って黒ビールに囲まれて興味津々のロバ太郎の後ろ姿。ちなみに、ロバ太郎は8歳という設定なのでアルコールは飲めない。

バケツ入りでやってきた本場のムール貝。クリーミーな味わいで質、量とも満足だった。

帰り際、2日前に訪れたレストランの前を通るとこの日も繁盛していた。

翌日はブリュッセルでのんびり過ごした。昼ごはんを宿で作って食べてからお出かけ。

この日は毛糸屋めぐり。ゆっきーは毛糸を大量買いして満足そう。

その後、見かけた日本料理店。「あなた」というネーミングが何ともいえない気分にさせた。そういえば、降旗康男監督、高倉健の最後の主演作品「あなたへ」も、何ともいえない気分にさせてくれる映画だった。

日本のアニメーション関連のグッズを集めた店も発見。ブリュッセルは思っていたよりも日本文化が受け入れられていた。フランスの影響もあるからだろうか。

ちなみに、ベルギーはオランダ語圏とフランス語圏が入り混じっていて、ざっくりいうと北半分はオランダ語圏、南半分はフランス語圏で、語圏によって公共交通の運営会社も異なっているという。ブリュッセルは2言語を均等に扱っているものの、日常ではフランス語の方が圧倒的に強そうだった。フランス資本の通信会社OrangeのSIMカードもここで買った。この先、Orangeにはアフリカでもお世話になるとは、この頃には知る由もなかった。

「世界で最も美しい広場」とも評されたことのあるグラン=プラス。小汚い印象が強かったブリュッセルでも、この広場の美しさは確かに目を見張るものがあった。

広場ではビールのイベントが開かれていて、怪しそうなおじさんたちが昼間から赤ら顔で楽しんでいた。

宿への帰り道、レンガ造りの瀟洒な建物があった。

ブリュッセルで最もインパクトが強かった壁面アート。

翌日、フランスに向けて出発の朝。いろいろあったベネルクスの3カ国ともこれでお別れ。左腕に僕の結婚指輪をはめこんで突っ伏しているビーバーのはじめ。

この宿は朝ご飯つきで、BIOの食材や飲み物が充実していて、珍しく朝からしっかり食べた。

部屋の居心地はよかったものの、時々刻々と排水管の臭さが増していったのが残念だった。

最後に、最寄りのメトロ駅まで用事がてら散歩。イスラム教徒の女性が頭にかぶるヒジャブの店があったことに、この地区の特徴があったように思う。

ブリュッセル中央駅から長距離バスに乗るまで少し時間があって、駅でしばらく待っていると、構内では銃を構えた兵士が警備に当たっている姿を見かけた。ブリュッセルにはEU本部があり、2016年には連続テロが発生、翌年には中央駅で爆破テロ未遂事件があった。西欧の置かれた国際環境に思いを馳せながら、パリ行きのバスに乗った。