渓谷とショッピングの取り合わせがミスマッチなミニ国家アンドラ

スペインとフランスに囲まれたアンドラは、国土面積が468キロ平方メートルで金沢市と同じくらいだという。そういわれても、金沢に住んだことのない身としてはピンとこないが、淡路島より120キロ平方メートルほど小さいといわれたら、兵庫県出身の僕はサイズ感をだいたい把握できる。自転車でも1日あれば、領域を通過できるほどの大きさだ。

チームシマの世界旅行は、行った国・地域の数をむやみに増やすことが目的ではなかったが、せっかくの通り道なら寄っていくか、ということでこの国の首都、アンドラ・ラ・ベリャに1泊のショートステイの予定を組んでいた。

首都の売りはショッピング

さて、前回、アンドラ・ラ・ベリャに向けて国境を越えつつあったところまで書いたが、少しさかのぼると、ゆっきーは前日からの不調が続いていて、頭が痛そうだった。それでも、この日はバスに乗り込んで移動して、首都アンドラ・ラ・ベリャの長距離バスターミナルには昼下がりに到着した。

どうにしかしてホテルに向かうゆっきー。10分足らずでホテルが右手に見えてきて、チェックイン。

ゆっきーは顔が真っ青で、部屋に入るとすぐに寝込んでしまった。僕は1人で散歩に出ることに。

アンドラ・ラ・ベリャはピレネー山脈の山々に囲まれていて、東西に幅広い市街地の真ん中をバリラ川が北東から南西に向かって流れていた。派手な「ANDORRA LA NELLA」の文字が躍る橋の背後に山が広がり、圧迫感が際立っていた。

橋を渡ると、ホテルや免税店などが立ち並ぶ目抜き通りに。この先は歩行者専用道になっていて、ショッピングモールも入っていた。電器店が結構あったので、ここ最近、旅の道具でほしいと思うようになっていた湯沸かし用のコイルヒーターと、経年劣化が進んでいたゆっきーの「iPhone SE」(初代)の替えがないかチェック。iPhone SEは1か月ほど前に、アップルがひっそりと販売を終了していたのがニュースになっていたものの、ここアンドラでは新品を売っている店が複数あり、さすがはフランスとスペインに挟まれた買い物大国だけはあると思った。ゆっきーが復活したら相談しようと価格をメモした。

それにしても、周りの渓谷美と比べて、目抜き通りはあまりにも魅力に乏しかった。もともと、僕がそんなに物欲がないほうだからかもしれないが、どこか遠くから持ってきたような物しか置いていない、地域特性の欠けた国際空港の免税店の中をひたすら歩いているような感覚で、眺めていて楽しいとか、思わずほしいという気持ちにさせられるものも、まるでなかった。もっと自然を活かした街にはできなかったものだろうか。

かつて広島に住んでいたころ、「ゆめタウン」(英語表記すると「youme Town」で、しゃれた風をにおわせている)というショッピングセンターやスーパーが所々にあって、その名称のわりにはよくありがちな、夢のない買い物の場所になっていたのが残念だったが、買い物客を夢に誘わない点では、このアンドラ・ラ・ベリャの目抜き通りも似たようなものだったのかもしれない。

店をめぐるのも疲れてきたので、自然も感じることのできる市街地の西側へと移動した。これは中心部にある公園の入り口。ここでも背後の山に存在感があった。

これは街の見どころの1つ、サン・エステバ教会。街全体が造り込まれすぎていて人工的な印象が強い中で、この一角には昔ながらの雰囲気が感じられた。

一旦、宿に戻ったものの、ゆっきーの不調は相変わらずで、食べたいとリクエストのあった野菜とスープを求めて再び街をさまよい、無事に買って帰ってきて、2人で晩ご飯を取った。

日本の温泉街のような夜の市街地を散歩

その後、暗くなった首都を再び1人で散歩。この写真の手前の作品は、「La Noblesse du Temps」(時間の高貴さ)と名付けられたダリの彫刻。溶けてぐにゃぐにゃになった時計がいかにもダリだった。暗くなってから見ると、背景のピレネー山脈と合わさって不気味だった。

それにしても、どこかで見たような風景だと思ってしばらく考えていたら、ピンときた。この街の川沿いは、日本の山あいの温泉街といってもおかしくない風情だったのだ。

夜の散歩は不調のゆっきーに代わってチームシマのメンバー、ロバ太郎も一緒に。この街の夜は街路灯やライトアップでかなり明るく、東京の繁華街を上回っているかもしれないと思ったほど。これだけ光があると、治安に不安を覚えることもなかった。

渓谷ということもあってか、バリラ川の流れはとても早く、誤って川に入ってしまったら体を持っていかれて命に関わりそうだった。川のそばは流れの音が大きく響いていた。

この小さな国でも、日本料理店はあるみたいだった。メニュー表示がフランス語ではなく、カタルーニャ語かスペイン語だったのが印象に残った。

さらに歩いていると見えた案内標識。まっすぐ行くとスペイン、左に曲がるとフランスと書いてあるのがいかにも小国らしかった。ここもフランス語ではなく、カタルーニャ語で書いてあって、大陸側ではベルギーあたりから続いていたフランス語圏もいよいよ終わりなんやなあ、という思いに。

ちなみに、国の名前の上の「Sant Julià」(サン・ジュリアー)と「Escaldes」(エスカルデス)は、それぞれアンドラの行政区分(この国では市町村はなく、教区という)らしい。

日本料理屋のみならず、仏具を置いている店まであった。この仏具はおそらくインテリアとして用いるのだろうが、日本人の感覚からすると、趣味が悪すぎる。こんなディスプレイを夜に見るのも不気味だった。アンドラの人たちのセンスがよく分からなくなった。とはいいつつ、そんなこんなで、ロバ太郎とともにアンドラの夜の街歩きを楽しんだ。

山に気圧されつつスペインへ

翌朝は、ホテルの窓から印象的な日の出の光景を見た。

朝日が差してくるのが山の上から次第に下の谷のほうへ、ゆっくりじわじわと、といった具合。ホテルの窓から景色を眺めても、山々が迫ってくるような迫力はものすごくて、息苦しさを感じていた。この地に育った人は、それが当たり前の原風景のように思うのだろうか。それとも僕と同じように、圧迫感を覚えるのだろうか。

ゆっきーは、アンドラに着いてからほぼ横になっていたこともあって体調が復活。ホテルをチェックアウトする前にチームシマで少し街を散策したが、買い物は見送った。

宿を出て、前日もお世話になった店で朝昼兼用のご飯をいただいた。コーヒーはしばらくぶり。おいしかった。

長距離バスターミナルまで戻ってきた。アンドラは鉄道が通っておらず、空港もないため、バスが長距離の公共交通の要となっている。そのためか、ターミナルは市街地からほど近い距離にあり、便利だった。

次の目的地、スペイン・バルセロナに向けて出発。車内は空いていた。移動中、車窓から見えるのは相変わらずの山々だった。

そのうちに見えたスペイン国境の案内。

ここからスペイン。国境では警察官がバスに乗り込んできて、パスポートを確認していたのが印象的だった。チームシマのシェンゲン協定加盟国の滞在可能期間は、この日を入れてあと15日間。まもなく西欧脱出のカウントダウンが始まろうとしていた。

旅の情報

今回の宿

ソムリウ・ホテル・シティ・M28(Somriu Hotel City M28)
ダブル1室 4,242円
設備:バスルーム Wi-Fiあり マウンテンビュー
予約方法:Hotels.com
行き方:アンドラ・ラ・ベリャの長距離バスターミナルから北東に歩いて8分。
その他:立地がいい。客室は狭いという前評判だったが、思っていたほどではなかった。

訪れた食事処

Nostrum
注文品:サーモン野菜、スープ2種、サラダ(1回目) パエリア、ホウレンソウパスタ、サラダ、コーヒー2杯(2回目) 計27.5ユーロ(約3,600円)
行き方:長距離バスターミナルから北に歩いて2分。
その他:店の外には「Cafe BIO」とあり、体にやさしい食材を使っている様子。持ち帰りもイートインもできて便利だった。店内で温めたり食器を片付けたりするのはセルフサービス。その分、価格が低めに設定されていた。

中年の視点でみたアンドラの感想

何のイメージも持たずにアンドラに訪れたなら、ピレネー山脈の渓谷に浮かび上がる一大商店街に面食らうかもしれない。フランス、スペインという他国への影響力が強い国に挟まれて、アンドラが生き残る術として、近現代は消費経済や金融に活路を見出す戦略を取ってきたことは疑いようがない。

僕があらかじめ調べてみた感じでは、アンドラはタックス・ヘイブン(租税回避地)で、スペインやフランスに住む人がマイカーで大量の買い付けに訪れる国、というイメージを持っていた。しかし、街でウインドーショッピングをしている限りでは、思ったほど物価が安い印象を受けなかった。

ウィキペディアによると、アンドラでは2010年代には法人税、非居住者に対する直接税、付加価値税、個人所得税が相次いで課せられるようになったという。法人や個人事業主の課税負担が強まり、それを商品価格に転嫁することで価格競争の優位性が下がっているとすれば、アンドラ・ラ・ベリャの魅力はずいぶん乏しくなっているのではないだろうか。首都は整備が行き届いていてきれいだったが、没個性的で、どの国にあってもおかしくないような、少し高級感のある商店街が広がっているだけのような気がした。そんなわけで、遠くからの観光客が買い物目的で訪れるのには微妙な感じだった。

それでも、僕の故郷、兵庫県明石市の酒造会社が製造したウイスキーが、わざわざこんなに遠く離れた小国の免税店に置いてあったし、ゆっきーが買い替えを望んでいたスマホもあった。希少な物、ニーズのある物を取り扱っている点では、まだまだ強みはあるのかもしれない。

ちなみに、アンドラはEUにもシェンゲン協定にも加盟していないが、通貨はユーロで国境審査もなく、実質的にはEU加盟国と同等の扱いだった。

ウインタースポーツや夏のトレッキングなどの拠点とするなら、まだこの国に来る甲斐もあるだろう。ただ、日本人があえてそのためにアンドラくんだりまで来る必要はなく、代わりの場所はいくらでもある。老若男女を問わず、よほどのことがない限り、日本人がわざわざ目指してやってくるような国ではないと思う。